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大阪高等裁判所 昭和55年(ラ)545号 決定

抗告人

八興建材株式会社

右代表者

一宮哲

右代理人

曽我乙彦

外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一抗告人は、本件抗告の趣旨として、原決定を取消し、更に相当の裁判を求める旨申立て、その理由として、別紙のとおり主張している。

二当裁判所の判断

1(一)  一件記録によれば、相手方が昭和五五年八月二五日大阪地方裁判所に対し和議手続開始申立をし、右申立は同裁判所に同庁昭和五五年(コ)第五八号事件として係属し本件原決定をした原審裁判所(以下単に原審裁判所という。)が同事件の審理を担当していること、抗告会社が同月二七日大阪地方裁判所から同会社の相手方に対する約束手形金債権金一一〇〇万四八七〇円を被保全権利とし仮差押対象債権を相手方の第三債務者大同鉄鋼株式会社に対する売買代金債権金一一〇〇万四八七〇円なる仮差押決定を得、これを執行したこと、抗告会社が同日大阪地方裁判所に対し同会社を原告相手方を被告とし右約束手形金債権金一一〇〇万四八七〇円の支払いを請求する手形訴訟の訴を提起し、同訴は同裁判所に同庁昭和五五年(手ワ)第一八九二号事件として係属したこと、相手方が同年九月四日原審裁判所に対し抗告人を相手方とし本件和議開始前の保全処分の申立をしたこと、右保全処分申立の趣旨は抗告人の相手方に対する右手形金請求事件の執行力ある判決正体に基づく強制執行は本件和議開始申立事件につき和議開始の決定があるまでこれを許さないというにあり、右保全処分申立の理由は抗告人において右手形金請求事件の訴を提起しているところ、右事件の口頭弁論期日は同年九月一九日午前一〇時に指定されているが事案に争いがないため早ければ同月下旬に抗告人において執行力ある判決を取得することは明らかであり、本件和議開始決定前に相手方の有する債権に対し差押および転付命令を得る公算が極めて高い、したがつて抗告人が本件和議手続中に和議債権たる抗告人債権の独占的満足を得る虞があるので、相手方の一般財産を保全するため本件申立におよぶというにあること、右手形金請求事件の第一回口頭弁論期日が同年九月一九日午前一〇時大阪地方裁判所で開かれたが、相手方(被告)が欠席し答弁書その他準備書面も提出されていなかつたので、右請求事件の受訴裁判所は直ちに右口頭弁論を終結し、判決言渡期日を同年一〇月三日午前一〇時と指定したこと、右請求事件の手形判決が右判決言渡期日に言渡されたこと、原審裁判所が同年一〇月三日相手方の本件和議開始前の保全処分申立を認容し、同申立の趣旨と同旨の決定(本件原決定)をしたこと、抗告人が右決定を不服として本件即時抗告におよんだこと、が認められる。

(二)  右認定事実を総合すると、仮に相手方の本件保全処分の申立を許容しないならば、本件和議開始申立事件が現在原審裁判所で審理中であるにもかかわらず、抗告人において直ちに前叙認定の債務名義に基づき相手方の財産、特に相手方が前叙第三債務者に対し有する債権に対し強制執行、特に債権の差押・転付命令の申請、を行うこと、その結果本件和議債権者間の公平が害され、それがため本件和議の成立が危ぶまれること、が予測される。

(三)  ところで、和議法二〇条一項は、裁判所は和議開始の決定前でも債務者の財産に関し仮差押仮処分その他必要な保全処分を命じ得る旨概括的に規定しているところ、右法条の立法趣旨は、裁判所の適宜の保全処分により、和議開始申立後債務者の財産が散逸し又は不当に減少することを防止し、もつて和議成立の可能性を確実ならしめることにある、と解すべきである。

そして、右法案の右立法趣旨に鑑みるならば、前叙認定の事情が存する本件においては、相手方の申立にかかる本件和議開始決定前の保全処分、即ち、予じめ右法条に基づき抗告人を相手方として前叙債務名義に基づく強制執行の申立を禁止する保全処分も、本件和議開始決定がなされるまでの間の中間的処置として許される、と解するのが相当である。

右説示に反する、抗告人のこの点に関する主張は、当裁判所の採るところでない。

2  抗告人は、第三者に対する強制執行停止の保全処分は個別的財産に限つて例外的に、しかも、和議開始のために欠くことのできない財産について、かつ、和議開始の可能性が相当程度に達した場合であること、を要件として認められるのであり、本件は右要件を欠いているから、相手方の本件申立を許容すべきでない旨主張する。

抗告人主張の右要件の存在は、和議開始申立後債務者の財産に対し強制執行が開始され右強制執行の停止を求め和議法二〇条に基づく保全処分の申立がなされた場合には、確に、既存の強制執行に対する執行債権者の利益と和議総債権者の共同の利益・公平との間の調和の観点から考慮されねばならない、といい得る。

しかしながら、本件は、前叙認定の加く、未だ着手されていない抗告人の強制執行を避止しようとするものであつて、右説示の場合と事案を異にし、右説示の場合に考慮すべき要件が、直ちに本件に妥当するということはできない。

よつて、抗告人の右主張も、採用できない。

3  抗告人は、原決定を許容すれば、和議開始前の保全処分として債務名義の有無に関係なく、一般的に「債務者は債務者の財産に対する一切の強制執行を許さない」とする保全処分まで許容することになるが、このような保全処分は、和議法二〇条と四〇条とを対比して明らかに不当である旨主張する。

しかしながら、本件において判断されるべきは、飽まで、前叙認定の具体的事実関係の下で、相手方の申立にかかる本件和議開始前の保全処分、即ち、予じめ和議法二〇条に基づき抗告人を相手方として前叙債務名義に基づく強制執行の申立を禁止する保全処分が許容されるか、にあり、本件においては右事項に対する判断をもつて、必要、かつ、十分とし、当裁判所の上来の判断も右見解に立つものである。

よつて、抗告人の右の如き抽象的一般的主張については、特に判断の必要をみない。

4  以上の次第で、原決定は正当であり、本件抗告は全て理由がない。

よつて、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(大野千里 岩川清 鳥飼英助)

〔抗告の理由〕

一 抗告人は相手方振出の約束手形四通の請求権について、手形判決をえた(大阪地方裁判所昭和五五年(手ワ)第一八九二号約束手形金請求事件)。

二 相手方は昭和五五年八月二五日大阪地方裁判所に和議手続開始の申立をした(昭和五五年(コ)第五八号)。

三1 原審は相手方の保全処分の申立に基づく、前記ごとく決定をした。

2 しかし、右決定は和議開始決定前において判決たる債務名義に基づく一切の強制執行を許さないとするものでこのように債務名義の効力を一般的に奪うような保全処分は和議法二〇条の保全処分としては認められないものである。

3 第三者に対する強制執行停止の保全処分は個別的な財産に限つて例外的に中止処分が認められるにすぎず、しかも、その場合でも厳格な要件の下に(1)和議開始の可能性が相当程度に達し、かつ(2)和議開始のために欠くことのできない財産についてのみ認められるものである(東京高等裁判所昭和三二年九月四日決定、高等裁判所判例集第一〇巻七号四一九号)。

四 しかるに本件にあつては、いまだ和議開始の成否さえ未定である段階で抗告人は債務名義を有するにかかわらず、債務者たる相手方の責任財産一切についての強制執行の着手すら禁止されるという誠にもつて重大なる権利の制限をされ、債務者は如何なる強制執行からも解放されるという事態を招来することを容認するもので到底許されないと思料する。

五 原決定からすれば、和議開始前の保全処分として、債務名義の有無に関係なく一般的に「債権者は債務者の財産に対する一切の強制執行を許さない」とする保全処分まで許容することになるであろう。しかし、それが、和議法第二〇条と第四〇条とを対比すれば不当であることは明らかである。

六 よつて原決定の取消を求めたるため本抗告をする。

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